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自然史系の本の感想、昆虫観察、博物館めぐりのブログ

【本の感想 #6】海底の支配者 底生生物

 

今回紹介する本は

『海底の支配者 底生生物-世界は「巣穴」で満ちている』

  

 

本書の内容

 本書では、海に潜む生き物たちの紹介、そして彼らの生活の痕である「生痕」の研究に関するお話が語られています。

 

書誌情報

出版社:中公新書ラクレ

ページ数:190

2020年2月10日発行

新書

著者:清家弘治

産業技術総合研究所地質調査総合センター主任研究員。専門は海洋生物学、海底地質学。東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻修了、博士(理学)。日本学術振興会特別研究員PD、東京大学大気海洋研究所助教などを経て現職(本書著者紹介より抜粋)

目次 

第1章 「謎」しかない底生生物ー彼らはどこにひそんでいるのか

第2章 巣穴はすごいーその驚くべき仕組みについて

第3章 砂浜に生きるー生物にとって過酷な環境

第4章 愉快な底生生物たちーそのかわいらしい生態について

第5章 深海底に挑め!-深海巣穴型どり大作戦

第6章 東日本大震災と底生生物ー海底生態系にどのような影響をもたらしたか

第7章 海底は「穴」と「謎」だらけー生痕学の知見から

(本書目次より)

 

感想

 

本書の主役は海にすむ生き物たちとその「生痕」。

この本の著者は「生痕学」を調査する研究者です。

 

生痕学とは、文字通り「生痕」、つまり生物が形成した巣穴や這い痕、およびそれらの化石を研究する学問です。(本書p. 175)

 

生物の棲んでいた形跡を研究する分野があるんですね。

たとえば海に行ったとき、どれだけ生痕を目にするでしょうか?

わたしの場合は、砂浜で何かの巣穴の入り口を見かける程度でした。

 

本書では、砂浜から深海底まで海の底に棲む底生生物のくらしぶりを紹介するとともに、彼らの生痕の特徴やその研究が紹介されています。

 

本書によれば、生痕は巣穴や這い痕、さらには生き物のフンも含まれます。

巣穴ひとつとっても、その形と大きさにも多様性があることが解説されています。

砂浜・海底では入り口の小さな穴しか見えませんが、じつは地下深くでY字やU字型をしていたり、いくつも枝分かれした巣穴もあったりするとか。

 

印象的だったのは、アナジャコの巣穴に二枚貝が共生しているお話。

巣穴に生物がいると聞くと、1種類の生き物が1匹だけいるのかなというイメージでしたが、異なる種類の生物が一緒に生活することもあるようです。

わずかな空間にも、いくつもの生き物たちが暮らしているのかと感心しました。

 

とくに面白かったところは深海底の巣穴を調査するお話。

深海底にも巣穴を作って生きる生物がおり、その巣穴の調査に取り組む著者らのチーム。

こうした巣穴の形を調べる手法として、穴に樹脂などを流して型どりするそうです。

樹脂は2種類の液体を混ぜて反応させることで固まるというもの。

しかし混ぜてから硬化まですぐなので、深海底でその作業をどうやってやるか。

著者らはこの問題にたいして「アナガッチンガー」なる装置をつくります。

詳細は本書をご覧いただきたいのですが、型どりの様子は下記動画で公開されています。

 


深海底は穴だらけ:世界初の深海底での巣穴型どり

 

この研究は論文化されており、論文中にも「Anagatchinger(アナガッチンガー)」の名前があります。(参考:論文リンク

 

このほか、2011年東日本大震災により津波の影響を受けた底生生物たちについて、消えた生物、現れた生物に関する調査のお話も紹介されています。

 

つまり、巣穴とは、海底生態系を構成する重要な要素の一つであるといえるでしょう。そして巣穴を調べることは、海の底の環境を理解することにもつながります。(本書 p. 181-182)

 

本文中では生痕の化石、「生痕化石」についても述べられています。

現生にしろ化石にしろ、「生活のあと」である生痕からは、それらを残した生き物の生活の様子が明らかになることを、本書は教えてくれます。

 

私は底生生物と巣穴の観察を通し、海洋生態系のこれからを見守りたい。そして巣穴や生痕化石の研究から、海底生態系の過去・現在・未来を知りたい。そんなことを考えているのです。(本書 p. 183)

 

みなさんも今度海に出かけた際は巣穴を探して、足元の砂浜に、そして目の前に広がる海底にいる生き物たちに思いをはせてみてはいかがでしょうか。

 

合わせて読みたい

『生痕化石からわかる古生物のリアルな生きざま』

生痕化石の研究史や調査・研究の話が、著者の体験談を踏まえながら語られている。