自然史の本棚

自然史系の本の感想、昆虫観察、博物館めぐりのブログ

【本の感想 #9】学名の秘密 生き物はどのように名付けられるか

 

今回紹介する本は

『学名の秘密 生き物はどのように名付けられるか』

  

 

書誌情報

出版社:原書房

ページ数: 284

2021年1月30日発行

単行本(ハードカバー)

著者:スティーブン・B・ハード

カナダのニュー・ブラウンズウィック大学生物学教授。現在の主な研究テーマは植物と昆虫の関係性と、あらたな生物多様性の進化。2016年には科学者に明快な書き方を伝授するThe Scientist's Guide to Writing: How to Write Easily and Effectively Throughout Your Scientific Carrerを出版。(本書著者紹介より)

 訳者:上京 恵

英米文学翻訳家。2004年より書籍翻訳に携わり、小説、ノンフィクションなど訳書多数。訳書に『最期の言葉の村へ』、『インド神話物語 ラーマーヤナ』(原書房)ほか。

目次 

はじめに

序  章 キツネザルの名前

第1章 なぜ名前が必要なのか

第2章 学名のつけ方

第3章 レンギョウモクレン、名前に含まれた名前

第4章 ゲイリー・ラーソンのシラミ

第5章 マリア・シビラ・メーリアンと、博物学の変遷

第6章 デヴィッド・ボウイのクモ、ビヨンセのアブ、フランク・ザッパのクラゲ

第7章 スプリンギアー忘れられる運命だった男から命名されたカタツムリ

第8章 悪人の名前

第9章 リチャード・スプルースと苔類への愛

第10章 自己愛あふれる名前

第11章 不適切な命名? ーロベルト・フォン・ベーリングのゴリラとダイアン・フォッシーのメガネザル

第12章 賛辞ではないもの ー屈辱的命名の誘惑

第13章 チャールズ・ダーウィンの入り組んだ土手

第14章 ラテン語に込められた愛

第15章 見えない先住民

第16章 ハリー・ポッターと種の名前

第17章 マージョリー・コートニー =ラティマーと、時の深淵から現れた魚

第18章 名前売ります

第19章 メイベル・アレクサンダーの名を負う昆虫

エピローグ マダム・ベルテのネズミキツネザル

(本書目次より)

 

感想

 恐竜の新種の足跡化石の学名に、「ドラえもん」にでてくる「のび太」の名前が付いたというニュースを最近見ました。→「のび太」の名前を持つ恐竜の足跡化石、科博がレプリカを公開 - ITmedia NEWS

 論文はこちら↓

journalofpalaeogeography.springeropen.com

 

なんでも命名した研究者の方が『ドラえもん』のファンだったからだとか。

 

学名とは世界共通で使われる生物の名前のことで、ラテン語の文法・表記に従って命名されます(参照:学名

 

学名は、言わば苗字と名前のように属名そのあとに続く種小名の2語から成り立っていて、生物の見た目の特徴や生息地、神話、言葉遊び、そして人物に由来します。

 

とくに人物名を種名の由来とすることを「献名」といいます。

 

今回紹介する本『学名の秘密』では、そんな学名の献名にまつわるエピソードが集録されています。

 

献名の由来としていちばん思いつくのは、新種の生物を発見した人、あるいはその生物に関して多大な貢献をした人でしょうか。

 

たとえば第5章にでてくるマリア・シビラ・メーリアンは、とくにチョウなど昆虫について生態的アプローチをもって研究した博物学者・画家であり、昆虫のみならずトカゲや植物にも献名されたことが紹介されています。

 

また、第9章では植物学者のリチャード・スプルースが薬用植物や熱帯植物の調査で南米奥地まで過酷なフィールドワークを行ったことが紹介され、熱帯植物や経済的植物に彼の名がついたことが述べられています。

さらには彼自身が情熱を注いだ研究対象である苔類にも献名されました。

 

このほか、第6章では有名人の名前を献名する例に触れており、ビヨンセデヴィッド・ボウイ、日本人だと野球のイチローさんも登場してきます。

 

本章ではこうした有名人の献名について、「生物学に関係ない」、「命名を軽視している」といった意見があることにも触れています。

 

似たような話題として、命名権をオークションにかけられた例もあるようです(第18章)。

 

これに対して著者は、分類学等の基礎研究の予算獲得や維持の困難さを挙げ、分類学への注目度を高める必要性を指摘しています。

 

たしかに、恐竜や大型動物、なじみのある哺乳類の新種であらば話題になりやすそうですが、あまり知られていない昆虫や植物であればどうだろうかと考えさせられました。

 

さきほどの「のび太」の例のように、架空のキャラクターに対する献名も出てきます。

 

本書では「ハリーポッター」関連の登場人物であるルシウスマルフォイにあやかったLucsius malfoyi (つづりは違うものの、属名がルシウスで一緒だったことによる)、あるいは「ハリーポッター」シリーズ1作目から登場する組み分け帽子に似た姿をしたクモには、作中の寮名のひとつである「グリフィンドール」を献名しています。

 

 

これまで学名の献名の由来と聞くと、発見した人や関係者の名前にちなんでつけられるのかなと想像していました。

 

しかし、本書を通して、献名にはそれを名付けた命名者のアイデアと感謝、思い入れなど様々な理由が潜んでいることがわかります。

 

また本書で紹介される献名された生物は、いずれも馴染みの薄いものが多い印象です。

 

本書の訳者が述べていますが、こうした献名とそれにまつわるエピソードを通して、新種の発見の裏で活躍した人、さらにはあまり知られていない種類の生物たちに目を向ける機会とたかったのかなと想像します。

 

恥ずべき行為と英烏有的行為。無名と有名。憎悪と愛。喪失と希望。ラテン語名には、それらすべてが含まれている。本書 エピローグ p. 259 より)

 

 

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